歴  史
History

 泉大津市の歴史は古く、奈良時代には府中におかれた国の役所の外港として栄えていました。交通の要として天皇や国司、歌人、文人らの往来も多く、随筆や紀行の中にも「小津の泊」「大津の浦」など名勝の地としてしばしば登場。「土佐日記」や「更級日記」にも記されています。やがて明治になり、22年4月の市町村制施行の際、それまで17に分かれていた村を大津村・穴師村・上条村の3か村に統合。その後泉大津村は大正4年4月1日に町制を布いて大津町となり、昭和6年8月20日に穴師・上条両村を合併。さらに昭和17年4月1日、市制を施行して泉大津市と改称し、今日に至っています。

 泉大津を支える繊維産業は、17世紀ごろから庶民の衣料として広く利用されはじめた綿織物に始まります。1842年(天保13年)の記録によれば、宇多大津村は18軒の織屋に132人が労働しており、その他の住民の大部分も綿賃打、糸稼、染屋などに従事する工業の村であり、すでにはっきりと資本家と労働者の分業という形態がとられていた様子がみられます。これは酒造の灘と並ぶ、我が国で最も早いマニュファクチュアの始まりで、織物の先進地であるだけではなく、資本主義においてもパイオニアだったのです。